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20 February 2005

学校襲撃は、システムだけでは

PICT0066部外者が小学校へ不法侵入する事件が続発している。その結果、通り魔事件のように侵入者と直接関係のない児童や教諭が被害を被っている。真に心痛む悲惨な事件である。
この種の事件が起こると必ず防犯システムを設置する、ガードマンを警備に配置するという対策が提案される。しかし、このような措置だけで本当に事故は防止できるのだろうかと疑問に思う。

例えば自宅の鍵というシステム。留守にすることを考えればシステムに頼ることがいかに危険かが解るはずだ。鍵をかけ忘れた、鍵を紛失した、鍵そのものを壊された、などなど鍵さえあれば大丈夫というのは随分危険である。

学校衣のシステムも同じようなことが起きないだろうか。例えば、システムの電源を入れ忘れていた、システムは作動したが誰も気が付かなかった、または、システムが作動した時に関係者が取り決め通りの対処が出来なかった、などいろいろと問題も多い気がする。

機器システムとガードマンに任せておけばいいと考えてはいけない。それはまるで事件の起こった時の責任をシステムや人間のせいにするために設置するような気がしてならない。システムもガードマンも事故防止を“任す”ために設置するのではないという基本が欠かせない。

システムとは本来、体系的、組織的、そして整然としたものである。一方、犯罪は、システムとは全く反対で、突発的で、整合性はなく、雑然としたものである。

事故防止に不可欠なのは、人間的に周りに目を配ること、気を遣ることではなかろうか。システムなどに任せられると思うことが、目や気の感性を鈍らせていないだろうか。
ハードウェエアやソフトウェアで成り立つシステムを使わずに、周りを感じ取る動物的本能、アニマルウェアを研ぎ澄まし、児童のこと、お隣さんのこと、街のこと、周りの他人のことに目や気を遣い、社会の安全性を広げたいものだ。

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