OS(Operating System)無視が暴走を誘発する
化学部に入部した高校生が母親の毒殺を計った事件は人間の心と知識の関係を考えさせられる。彼女は化学に関しては相当高いレベルの知識があったと伝えられている。
パソコンは基礎となるOSの上でいろいろの仕事をアプリケーションで実行している。OSを超えるレベルのアプリケーションで仕事をしようとすると不具合が生じる。人間も同じではなかろうか。人間に喩えればOSは理念や心であり、アプリケーションは技術や知識であろう。
人間の倫理、理念はOSに匹敵し、動物の生活史でいう刷り込みにあたるだろう。そして技術、技能というアプリケーションを駆使して行動を起こすことになる。倫理や理念という人間的な基盤がしっかり築かれていないと脳の指令による行動が暴走する。心の拠りどころかが確固としていなことが多くの犯罪を誘発しているように思えてならない。
行動だけで世間に何かを誇示しようとする、アプリケーションの機能性だけが暴走するような“犯罪のパーフォーマンス化”を感じる。人間の“OSとアプリケーションの整合性”がくずれた“アプリケーション先行”が犯罪や悲劇を招いているように思える。
それとも、心理学者マズロー(Maslow A.H.)の人間欲求の5段階説は、今や (1)生理的欲求、(2)安全と安定の欲、(3)愛・集団帰属欲求、(4)自尊心、などを飛び越え (5)自己実現欲求・自己顕示欲だけを求めるようになったのだろうか。
本来、マズローのいう“自己実現欲”というのは社会的価値のあるものを求めたはずだが、今や有名よりも悪名をも求めるというのだろうか。何が“正しい”のか、何が“良い”ことなのか、それが理解し難いのは時代のせいだろうか。
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