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10 June 2006

金儲け、そのルール

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「お金儲けをして何が悪いのですか?」――逮捕前の村上世彰氏が記者の質問に答えて言った言葉である。記者の質問は金儲けを罪悪視したものではなかったが、村上氏は“法律に触れたことはしていないのだから悪くはない”と言いたかったのだろう。

仮に彼が言うように法律を犯していないとして、法律は社会の秩序を守るための最低のガイドラインであり、必要条件でしかなく、決して十分条件ではない部分もある。だから法律には“運用”や“解釈”が必要になっている。

法律を犯していないから問題ない、という考えは大いに問題がある。まず、誰が“問題ない”と判断したのだろうか。法律的に、社会的に、文化的に広い視野で誰が判断したかが常に問われる。

国に法律があるように、会社にも服務規程などがあり、社員はそれに従うように求められている。社員が服務規程にさえ違反しなければなにをしても“問題ない”と考えて行動をすれば、必ず何らかの“問題がおこる”、そして会社の運営が難しくなることは容易に想像できるだろう。

法律は万能ではない、服務規程も完璧ではあり得ない。運用や適応方法で国や個人の品格が問われる。法律は社会への配慮、服務規程は会社や同僚への配慮が背景にあることを忘れてはいけない。


もの言う株主は決して悪くはない。村上氏は、株主と経営者の緊張感ある関係を促したことは資本主義の原理から見れば大いに意義がある。
しかし、法律や規定だけを盾にする行動は、何かが欠落していることを結果的に証明することになる。

それは配慮の欠落である。配慮のルールは二つであろう。

その一:自分以外の他人全員がその行為をしても許せるか?
その二:自分の未来にその行為が起こっても許せるか?
“他人”と“未来”、この二つで快諾できるならばその行為は“配慮ある行為”といえるだろう。

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