「定義」を見直す
札幌は「サッ・ポロ」で「乾く・多い」の意味。G8が開催される洞爺は「ト・ヤ」で「湖・岸」のことです。これらはアイヌ語がベースの地名。
アイヌ民族は、明治時代には「旧土人」と差別的な呼称を付けられたことがあります。
アイヌ民族を先住民族と認定するよう政府に求める初の国会決議が6月6日の衆参両院本会議で、全会一致で採択されました。
民族の権利回復につながると期待されています。
採決された背景には「先住民族の権利に関する国連宣言」があります。しかし、国連宣言には「先住民族」の定義が示されていません。定義をまとめようと議論したのですが各国の意見が分かれたままで、うまくいかなかったそうです。
定義のないことが、政府のアイヌ民族を先住民族と認めない理由にもなってきました。
政府は今後、有識者懇談会をつくってアイヌ政策をすすめる検討をします。ここで先住民としての権利をどうするかが焦点になります。
採決はされましたが、行動はできない、という現状です。
定義がないので動けない、権利の行使はできない、ということです。
また、定義をかえなければヘンだと思うこともあります。
同性結婚が諸外国の一部で認められてきています。
結婚ってなにだろうと思うのは私だけでしょうか。
結婚の定義をもう一度考えなおした方がいいかも知れません。
時代とともに定義は変えるべきでしょう。
たとえば、企業の利益です。
非正規社員、契約社員の増加は、労働部門よりも資本部門への利益還元を重視している企業姿勢が常識化している時代です。企業は儲かっても働いている人は生活が苦しい時代といえます。
労働部門は生活者です。生活者へ給与としての還元がなければ消費は上がらないでしょう。
消費が上がらなければ景気は上昇ではなく、格差を広げるだけの時代になります。
企業とは、企業利益とは、生活者の豊かさとは――などの定義を考え直す時代ではないでしょうか。










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