保護法は何を保護?
同じマンションに住んでいても、「お名前を教えてください」といわれてすぐに名前を教える人はすくないでしょう。「個人のプライバシー」です。
個人のプライバシーは守られるべきです。
土足で心の中に入ってこられるのは誰でも嫌なものです。
これが、個人情報保護法の心です。
しかし、保護法が拡大解釈されれば結果は、他人から自分が社会的に見えなくなっているということでもあります。だんだん自分の存在が他人にとって小さくなるということにもなります。
個人情報保護法にあまりとらわれずに、どこの誰かを広く知らせる方が、他人とのかかわりは豊かになるとも考えられます。
病院に見舞いにいっても個人情報ですからと会えなかったり、クラス会の名簿が作れなかったりします。
個人情報保護法は、情報そのものを保護するためでしょうか?それともその情報をもっている個人を保護するためのものでしょうか?生命に関わる場合に氏名などは知らせてほしいと思うことがあります。
情報だけを保護して個人の安全が軽視されるようでは、本末転倒です。
自分は知られたくないけど、他人のことは知りたがるという個人のわがまま。
個人情報を保護すれば犯罪を未然に防げると短絡的に考える政策的エゴ。
これらのために、世の人々が、実は日々さみしさをつのらせているのではないでしょうか。
自分から挨拶したり、話しかけたり、人の気持ちを察してみたり――人とのつながりの第一歩です。
個人はもともと他人とのつながりの中で生活していいます。そのつながりが得られなければ、だんだんと孤独になり、個人が弧人になってしまいます。弧人は狂気じみた行動にはしることもあるのでしょう。
秋葉原通り魔事件の犯人が「だれかが止めてくれると思った」などと言っていますが、他人とのつながりを求め、それができなかった寂しさが感じられます。
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