「普通の…」に隠された危険
娘が父親を、夫が妻を、など例を挙げればきりが無いくらい、家族間の殺人事件が多発しています。
そんな事件で、近所の人、知人、同級生などが「そんなことをするような人には見えない。普通の人でしたけどね…」などと、決まり文句のように言っているのをよくニュースで見かけます。
“普通の人”が家族を殺すのかといつも奇妙に感じます。
“普通の人”とはどんな人なのでしょうか?
何が、どのように、普通なのでしょうか?
「普通の…」に安心したり、甘えたり、気を許したりしてはいけません。
「普通」が一番豹変しやすい最悪の状態かもしれません。
「普通の天気」の日の親水公園に濁流が押し寄せ、死者を出したりします。
「普通の天気」の日の運動場で突然、テントがなぎ倒され怪我人がでます。
「普通の人」、「普通の天気」、「普通の会社」、「普通のお店」など、この「普通」という言葉に異常や危険を察知する能力が、現代を生きる技かも知れません。
近頃「普通」の意味が解からない私です。
それとも「普通」とは瞬時にしか表れない、泡沫のような現象などでしょうか。










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