16 June 2008

タフでなければ生きていけない…

Curtcannon7私が好きなカート・キャノンの全6篇は終わりました。

ハードボイルドといえば月刊「マンハント」の時代でした。ハードボイルド小説の全盛の時代だったように思います。

ハードボイルドとは、感傷や恐怖などの感情に流されない、冷酷非情な、(精神的・肉体的に)強靭な、妥協しない、などの人間の性格を表す言葉ですが、ハードボイルド小説の主人公の多くは人情に流されてはいけないと自己に諭しながら、情に流される人物でした。

その後、男の優しさが脚光をあびました。曖昧な男の登場です。
優しさと曖昧さの区別ができない、というか、区別しない女性の時代の到来です。

この頃から離婚率が上昇しました。優しいと思った男性が、実は単なる曖昧な性格であったことに気付いたためでしょうか。

ハードボイルド時代に、輝いたセルフが、「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」でした。レイモンド・チャンドラー原作の「プレイバック」で主役の弁護士、フィリップ・マーロウが言った台詞です。

清水俊二氏の訳文では:
「彼を愛しているのかい」
「あなたを愛しているんだと思ってたわ」
「あれは夜だけのことさ」と、私はいった。「それ以上のことを考えるのはよそう。台所にまだコーヒがある」
「もういらないわ。朝のお食事のときまで飲まないわ。あなた、恋をしたことないの?毎日、毎月、毎年、一人の女といっしょにいたいと思ったことないの?」
「出かけよう」
「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなにやさしくなれるの?」と、彼女は信じられないように訊ねた。
「しっかりしていなかったら、生きていられない。やさしくなれなかったら、生きている資格がない」

原文では:
“You in love with him?”
“I thought I was in love with you.”
“It was a cry in the night,”I said. “Let’s not try to make it more than it was. There’s more coffee out in the kitchen.”
“No, thanks. Not until breakfast. Haven’t you ever been in love? I mean enough to want to be with a woman every day, every month, every year?”
“Let’s go.”
“How can such a hard man be so gentle?”she asked wonderingly.
“If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive. If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.”

“hard”と“gentle”、“やさしさ”と“あいまいさ” ――
人生を大切に生きるためには、差別は許されませんが、区別して判断することは欠かせません。

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15 June 2008

カート・キャノンを英語で 続Ⅵ

Curtcannon6掲載第六篇は「おれもサンタクロースだぜ」、(原題は Deadlier than the Mail)です。

厳しいニューヨークの冬が舞台です。心まで暖まるクリスマスシーズンでもあります。貧しい人々には社会福祉事務所から小切手が支給されます。このWelfare Checksをめぐり人が殺されます。

「風はナイフの刃のようにつめたい。その刃は皮膚を切りさいて、骨にまで達した。バーボン・ウイスキイの焼けるような一杯にこがれて、舌がひくひくした」
「The air was knife-cold. It slashed at the skin, reached into the bones, put an edge on the tongue for a good, warming shot of bourbon.」

“put an edge on the tongue for”は “刃が舌先に触れるとバーボンが飲みたくなる”ほどの意味ですが「一杯にこがれて、舌がひくひくした」と都築氏の名調子です。

「アパートのドアをあけたとき、手にはビールの罐をもったままだった。喧嘩ならいつでも買うぜ、といった目つきで、おれを睨みつけていた。
『なんの押売りだい』とかれは言った」
「He had a can of beer in his hand when he opened the door to his apartment, and he glared at me belligerently.
『What are you selling? 』he asked.」

“belligerently”は“やったろか”の態度です。fighting attitude です。

「おれは通行人に小銭を乞うた。クリスマスだ。乞食の書入れどきなんだ。めぐんでもらった金で、もう一本、大壜を買うと、飲みながら、歌いながら、おれは歩きはじめた」
「I scrounged some more dimes from the people in the street, and it was easy because, hell, it was Christmas time. Then I bought another gallon and I started on that one, singing all the way, …」

“1 gallon”は“約3.8リットル”、1.8リットル瓶の2本以上です。カートは相当の呑み助といえます。

「おれは街路に出た。雪は自動車のタイヤや、靴のかかとに汚されて、黒ずんでいた。冷たく叩きつけてくる風の中を歩きながら、おれはもういっぺん考えてみた」
「I went down into the street. The snow had turned black with the churning of automobile tires and shoe soles. I walked, with the wind sharp and the cold a living thing that gnawed and bit , and I thought it all over.」

「おれはバーボンを喉に流し込みこみながら、舞いちる雪を眺めて歩き、とうとう三番アヴィニューの高架線の駅についてしまった。おれがバウアリへの電車に乗り込むと、車掌が、『メリイ・クリスマス』と、言った」
「so I drank the bourbon a few nips at a time, and I watched the flakes, and when I finally boarded the Third Avenue El heading for the Bowery, the conductor said, 『Merry Christmas, fellow,』…」

“EL”は“Elevated Line”のこと。“Ride on the EL.”などと使われ、シカゴには多い高架地下鉄線です。

犯人を警察に突き出したカートは上機嫌で、バーボンを飲みながら、カートはここでも幼馴染のケイティ(掲載第二篇「死人には夢がない」)に逢わずに安宿へと帰っていきます。

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12 June 2008

カート・キャノンを英語で 続Ⅴ-2

Curtcannon5掲載第五篇「死んでるおれは誰だろう」の続きです。

物語の後半で、カートは銃で撃たれてしまいます。

元ドクターらしき親切な人物に銃弾をとりだしてもらう場面です。西部劇でお馴染みのシーンです。この事件で愛する人を亡くしたダンサーもそばにいてくれます。

「おれは酒瓶を口にあてっぱなしで、大先生が弾丸をぬきはじめたときには、瓶を噛みくだきそうになった。おれは安酒をやけに呷った。頭に酔いがのぼるにつれて、壁の影と裸電球がダリの絵のように歪みはじめた」
「I kept the lip of the bottle to my mouth, almost biting a chunk out of the glass when the Professor started to dig. I swallowed more cheap wine, and it sank to the pit of my stomach, and it turned and smoldered there, and the fumes reached into my head and made the shadows and the swinging bulb something out of Dali painting.」

銃弾を取り出すときに立ち会ってくれた彼女のことを思いながら安宿に帰っていくカート、「彼女は新聞で事件の結末を知ることだろう」と思いながら。

「あの子はいい子だ。すてきな子だ。だが、あの子には幽霊がついている。幽霊と張りあうなんて利口じゃない――なせなら、秋はものみな死にいく季節なのに、死なないものがひとつある、そのひとつというのが、幽霊だからだ」
「She was a nice girl, a swell girl, but her competition was a ghost――and ghosts are the only thing that never die in autumn.」

この短い英文からこれだけの文章が生まれるのは、都築氏が全文を自分の文章として理解しているからでしょう。感嘆します。
都築氏はカート・キャノンになっていたかも知れません。

いい子は、この事件で好きなボーイフレンドを殺されていますから、それを幽霊だとカートは言っています。なぜならカートもトニというかつての妻にとりつかれているからでしょう。

場面の季節は秋です。秋は心に過去が蘇る季節。
洋の東西を問わず思いがつのるのは秋なのでしょうか。

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11 June 2008

カート・キャノンを英語で 続Ⅴ-1

Curtcannon5掲載第五篇は「死んでるおれは誰だろう」、(原題は The Death of Me)です。

寒さ近づくニューヨークの秋、ある朝、カートは靴の詰め物にしていた新聞の記事にびっくりします。自分が死んだという記事を目にしたからです。死んだのは誰か、殺した奴は?カートはニューヨーク駆け巡ります。

「両眼に殺意をこめて、ピストルをむけられたら、返事はひとつしか、ありはしない。ほかに返事のしようはないのだ。なぜなら、命はひとが最後まですがりついて行くものだから。たとえ、おれの命みたいなものであっても。おれは三二口径の銃口を見つめながら、…」
「There's only one answer when a man is holding a gun on you and there's kill-light in his eyes. It's always the same answer because life is something to cling to, even when it's a life like mine. I looked at the bore of the .32 and …」

生きている価値があるかどうかわからない自分でも、やっぱり命は大切にと思うところがカートキャノンの生き方であり魅力でもあります。

「光の夏は死んだのだ。公園のベンチには、はや冬が冷たい。夏は死に、秋が紅く染まった厚いナイフの刃をふるっている」
「Summer was dead, and a park bench is a cold thing in the winter. Summer was dead and autumn had used a thick knife stained with red.」

秋をナイフに、紅葉を刃についた血の色にたとえられるような今回の事件です。

「三番アヴェニューまで歩いて、ポテト・チップとライ・ウイスキイで、遅い晩めしをとった。壁の大時計が、八時十五分を告げるまで、おれはバーのテレビで、古ものの西部劇を見て、時間つぶしをした」
「I walked over to the Third Avenue and had a late supper of potato chips and rye. I hung around, watching an old Western on the bar's TV, until the big clock on the wall told me it was eight-fifteen.」

ニューヨークへ単身赴任した人ならこんな情景をを思い出すことでしょう。

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06 June 2008

カート・キャノンを英語で 続Ⅳ

Curtcannon4 掲載第四篇は「善人と死人と」、(原題は Good and Dead)です。

カートが数えきれないほどの酒瓶を、一緒に空にした仲間が殺されていた現場からこの物語ははじまります。

「彼はちっぽけな男だった。からだがちっぽけだったばかりではない。この世に生きている価値から言っても、ちっぽけな男だった。どこにでもいる、ルンペンのひとりだった。飲んだくれのひとり。乞食のひとり、つまり、誰でもない男だった」

He was a small man, small in stature and small in significance. Another bum, another wino, another panhandler. A nobody.

bum, wino, panhandlerなどは、それぞれ、せびる、安ワイン、パン屑などを連想させる言葉です。この三拍子揃ったものが多くいたのが当時のバウアリのようです。

「カート・キャノンが、ほかの世捨てびとといっしょに、どうでもいいやつらといっしょに、バウアリの掃きだめへ、吹きよせられないころの話だ」

「…, before Curt Cannon had drifted to the Bowery along with the other derelicts, just another guy who didn't give a damn any more.

「歩くのにも暑すぎるし、考えるのにも暑すぎる。なにをするにも暑すぎて、冷たい水玉を外側に宿したビールのショッキに、手をのばすことぐらいしか、出来なかった」

It was too hot to walk, and too hot to think, and too damned hot to do anythig but sidle up to a beer glass beaded with cold drops.

「ところきらわず殴られて、おれの顔はいまや完全に、セメントと仲良くしていた。その横っ面をトミイに蹴られて、たちまちあたりはまっ暗になった」

And always the sap, up and down, viciously pounding me closer and closer to the cement until my head was touching it and Tommy's kick to my temple made everything black.

不意を喰らってタフガイぶりが発揮できなかったカートですが、婦人用と思われる22口径のピストルから犯人にたどり着きます。

結局、殺人事件は10セントを恵む、恵まないという些細なこが発端でした。

私もロスで“Gi’me a dime.といわれたことがありましたが、時と場所を考え、身を守るためには差し出したほうがいいかも知れません。

「なにもない壁に面した居間に、思いやつれた女を残して、おれはドアへ足をはこんだ。彼女をひとぼっちにして、おれが階段をおりていったのは、おれもまた愛するものを失って、心に去来する感情を、知りすぎるくらい知っていたからだった」

I walked to the door, leaving her in the living room that faced a blank wall. I took the steps down to the street, leaving her alone because I, too, had lost someone I loved and I knew how it felt.

I knew how it felt.”を“心に去来する感情を、知りすぎるくらい知って”と都筑氏の名調子の日本語がでています。

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02 June 2008

カート・キャノンを英語で 続Ⅱ-2

Curtcannon2 掲載第二篇「死人には夢がない」の続きです。

麻薬売人を警察につきだし、カートはケイティにいきさつを話して聞かせます。

「彼女の目には、星が光った。その星が、隣り近所をあるきまわった、子どものころのおれを思い出させた。苦痛の意味するところを知らず、悲観の意味するところを知らなかった子どものころを」

Her eyes held stars, and they made me think of a time when I'd roamed the neighborhood as a kid, a kid who didn't know the meaning of pain or the meaning of grief.

幼馴染の明るくなった表情にカートは、無邪気だった時代を思い出しています。

カートは、酒屋が開いているうちにとバウアリに、バスに乗って帰っていきます。

「たちまち百二十番ストリートはうしろへ流れていった、カート・キャノンの少年時代とともに」

And then 120th Street was gone, and with it Curt Cannon's boyhood.

be gone”は、“Gone With The Wind.(風とともに去りぬ)でおなじみです。

百二十番ストリートはセントラルパークよりももっと北です。そこから一番ストリートよりも南のバウアリへ帰っていっているわけですから、ほぼマンハッタン縦断です。

後ろへ流れていく車窓の景色は、過ぎ去ったカートの少年時代を走馬灯のように映しているようです。

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31 May 2008

カート・キャノンを英語で 続Ⅱ-1

Curtcannon2 掲載第二篇「死人には夢がない」、(原題は Dead Man Don't Dream)です。

この原題、意味が深いです。命がなくなれば夢すらみられない、命の尊さを教えてくれているようです。生命は夢の連続かもしれません。そして夢は自分で創造できるものです。

物語は、カートが幼馴染の葬儀に参列するところから始まります。彼は殺害されたのです。

「チャーリイとおれは幼馴染だった。その以前、一番アヴェニューを走っていた市電に、一緒にただ乗りした仲だ」

Charlie and I had been kids together, hitching rides on the trolley they used to run along First Avenue.

had been kids together”には“一緒に育った”の意味が感じ取れます。

カートは幼馴染を思い出しています。

「こいつは蠅いっぴき殺せない男だった。天国への旅路も平安に、辿りついたら、竪琴と後光を頂戴するに違いない」

He'd never harmed a fly as far as I could remember, and he deserved a soft journey and maybe a harp and halo…」“deserved”が“頂戴する”となっています、“値する”などと翻訳されると硬くなってしまいます。

カートはいたずらっ子だったケイティに、時間ある?と話しかけられます。

「あるとも。時間ならいくらでもある。ありすぎて、困ってるくらいだ」

Plenty of time. More than I need.

単語数の少ない表現で意味を伝えるハードボイルド小説の醍醐味です。

ケイティと話した後、犯人を求めて、彼女を残し街にでかけます。

「風が彼女のコートに吹きつけて、きりりと長い、惚れ惚れするような足の曲線を、クッキリと浮かびあがらせていた」

「…, with the wind whipping her coat around her long, curving legs.

whip”は“卵をホイップする”でおなじみでしょう。

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29 May 2008

カート・キャノンを英語で 続Ⅰ

Curtcannon1 掲載第一篇は「幽霊は死なず」、(原題は Die Hard)です。

Die Hard”、ダイハードは映画のタイトルにもあります。ブルース・ウイリス主演の映画ですが、“Hard”には“ほとんど~ない”の意味で、“hardly”と同じように考えたらいいでしょう。

カートは決してやられないのです。死なないのです。

当時若者の間で広がっていた麻薬に悩む親父の話です。

酒場で見知らぬ親父に麻薬を息子に売る奴らを止めさせてほしいと頼まれ、カートが言います。

You're asking me to stop the tide, mister

「津波をとめろ、というようなもんだ」

麻薬蔓延は、津波のように人間の力でどうしようもないくらいの勢いがあると言っています。

この酒場はニューヨークの裏町、カートの安宿近く、地名は バウアリ です。

バウアリは Bowery”、マンハッタンブリッジからマンハッタンに入り、最初に交差するあたりのアベニューです。ウォールストリートよりは北寄りです。

今は、バウアリホテルというのもあるそうです。

この親父がカートに頼みを断られ、酒場から出たところでピストルで殺されます。

カートは警察に事件を知らせようと電話で警察をと交換手に言うと「事件ですか?」といいます。

カートは当たり前だろう、と言わぬばかりに交換手をからかって、

「違う、パンティの大安売りだ」といいます。原文では

No, a strawberry festival.」となっています。都筑氏も茶化して翻訳しています。

元部下と浮気者の女房の件で探偵ライセンスを取り上げられたカート、毎夜、安酒で嫌な過去を忘れようとします。

「酒は食道をまっすぐ下って、胃袋の穴はふさいでくれるが、心の傷はふさいでくれない」

Straight down the gullet, eating a hole in my stomach, but never eating away the scar on my heart」。

the scar on my heart”はタフなカートにも堪えているようです。

麻薬売人を締め上げ、カートが言います。

「坊や、おれはからかってるんじゃないぞ。おれはひとを殺しかけたことが、なんどもあるんだ。貴様もそういう目に、あわしてやろうと思っている。ジェリーのいどころを、言ったほうがいいぜ」

Junior, I'm not kidding. I almost killed a lot of guys, and I'm ready to go all the way with you. Where is he?

“殺しかけた”が、“almost killed”とは勉強になりますね。“almost”の使い方が解かりました。

“もうすぐ着きますよ”は、“We are almost there”と表現できます。

“思っている”はカートのような人物に“be ready to”と言われると、すぐにでも殺されそうと思うでしょう。

all the way”には“とことんやるぜ”とカートの意思がでています。

親父を殺したのは実は息子でした。警察に彼を突き出し事件は終わります。

「礼を言われるのを待たずに、警察をでると、おれは、近くの酒場に急いだ」

I didn't wait for thanks. I headed for the nearest bar.

I didn't wait for thanks”には、礼を言われるためにやったのではないカートの正義感がでています。

また、酒場です、カートはそこで安らぎを得られるのでしょうか。

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28 May 2008

カート・キャノンを英語で プロローグ

Curt_cannonおれか?おれは、なにもかも、うしなった私立探偵くずれの男だ。うしなうことのできるものは、もう命しか、残っていない。」で始まるハードボイルド小説。

都筑道夫氏の名調子の翻訳で月刊「マンハント」(早川書房)に掲載され多くの読者を酔わせたものです。

その後「酔いどれ探偵街を行く」のタイトルでハヤカワミステリーの文庫になりました(原題は I like 'em tough)

名翻訳に魅せられ原文が知りたい好奇心から原本を探しました。いろいろ試しているうちにたどり着いたのが、Abebooksです。古本しかありませんでしたが最近手に入れました。

これから“徒然”なるままに都筑氏名翻訳の原文を探しながら、“やり直し英語塾”のように、名翻訳と原文を読んでみようと思います。

まず、プロローグです。

「おれか?おれは、なにもかも、うしなった私立探偵くずれの男だ。うしなうことのできるものは、もう命しか、残っていない」、この原文は:

Me? I'm a down-and-out private eye with nothing to loose but my life」となっています。

nothing but~”とはなつかしい熟語です。

プロローグの書き出しから当時流行のハードボイル小説の典型を感じさせる翻訳です。

「残ってるのは命しかねぇ。それが欲しけりゃやってもいいんだぜ。だがな、その前に…」といいながら相手につめよる映画のヒーローのような迫力を感じさせるセリフではありませんか。

「以前をいえば、ニューヨークでも指折りの、こわもてのする探偵だった」は:

I used to be the best damned private eye in New York」でした。

used to”と“get used to”の区別がわかったときの嬉しさを思い出します。

失うものは命しかないと言いきるカート・キャノン。タフでなければ生きていけないニューヨークで次々と事件を解決していく酔いどれ探偵に期待です。

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