
クイズを一つ。次の言葉はどんなときに使われるだろう?
「あるものが隠されていた・・・」「思いがけない内容が判明する・・・」「その後とんでもないことに・・・」「意外な事実へとつながることになる・・・」。
なにかを期待させるこれらの言葉はTVコマーシャル直前の“乱入の辞”である。近頃このTVCMが数年前より回数が多くなったような気がしてならない。
かつては「1975年、民放連が新放送基準正式決定し、CMの総量規制(総放送時間の18%)が決まった。24時間放送を行ったとして1日に流せるCMの総時間数は、4時間19分」という規制があった。しかし、テレビショッピング番組が放映開始されてから番組内容そのものが“コマーシャル”となったことで、CMの総量規制は有名無実となってしまったように思う。
また、140条では、「週間のコマーシャル総量は、案内コマーシャルを含めて、総放送時間内の18%以内とする。」などというCMの総量規制もあったような気がする。
コマーシャルはTV局の収入源である。それなくして民放局は存続できないのは良くわかるが、それでもコマーシャルが邪魔だと感じる状況がよくある。正確に言えばコマーシャルの挿入タイミング不適切であるということである。日本人のイライラの原因はTVCMだといったら言いすぎだろうが、コマーシャル挿入に工夫がないことは確かだろう。
コマーシャルがTV録画時にソフト的にスキップされるためにTVへの提供コマーシャル出稿量が減少する可能性もある。コマーシャルのタイミングを工夫しないとTV局の死活問題にもつながる。
対策の一つは、期待を持たせる言葉の後にコマーシャルを流さないこと。期待させて“オアズケ”されれば犬でも気を悪くする。気分を悪くして見るコマーシャルに良い商品イメージを抱くはずがない。イメージダウンとなり逆広告でしかない。
“一件落着”の自然なタイミングのコマーシャル挿入ではじめてイメージアップ広告の効果がある。
二つ目は、コマーシャルタイムを一定間隔に決めてしまうこと。これなら“期待”も“オアズケ”もないので予め心構えができるのでそれほど嫌われないだろう。10分毎、15毎などというように。
視聴者に喜ばれないようなコマーシャル挿入は、スポンサーにとってデメリット以外のなにものでもない。
“絶対に見せよう”から、“自然に見てもらえる”タイミングを模索すべきである、コマーシャルは生活に必要な情報の一部であり、TV局の生命線であるから。
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