09 July 2008

バリーも20%値下げ

Windowスイスの高級ブランドBallyはバッグ、シューズなどの日本価格を25日から最大で20%値下げするそうです。
さらに秋からの来年春夏コレクションの追加値下げで、年内の値下げ幅は25~30%となります。

これはユーロやスイスフランが円高のためです。
フェラガモグッチはすでに値下げされています。他の欧州ブランドも値下げされるでしょう。

円高で値下げが可能なこれらの輸入ブランド品は楽しいニュースですが、円高でも値下げのない不思議なものもあります。

原油、鉄鉱石、小麦、大豆などの輸入です。円ドル相場は以前より円高です。その分だけ原油が安く輸入されているはずです。ガソリン価格高騰を多少でも抑えるくらいの円高メリットはあると思います。

円高でブランドものは値下げされ、おなじ円高で原油価格が上がる。
同じ輸入でありながら不思議な現象です。

円高では輸入が、円安では輸出にメリットがあります。円高で輸出が伸びないので不景気になるといった一面だけの政府発表では整合性の欠如を感じます。

円高で多少でも輸入価格が下がっている状況を消費者に毎月知らせる政府機関はないのでしょうか。

福田首相が構想している消費者庁は、消費者にこのような情報提供をするよう期待します。

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13 March 2008

日本女子マラソン選手選考

Springsky北京オリンピック出場のマラソン選手が決定しました。
ガンバレ日本選手!

瞬発力だけに頼れない競技です。体力配分、時間管理、心理作戦などレース計算が必要な難しいスポーツです。テレビ観戦でもその駆け引きを見るのが楽しみです。

観ていていつも思うことがあります。マラソン競技や選手と直接関係はないのですが連想してしまいます。

現代の日本企業の姿です。

あのそぎ落とされた身体に少し淋しさを感じてしまいます。腕の細さ、上半身の貧弱さはマラソンの競技には必要なのでしょうか。細い腕の付け根が揺れていることに“虚弱”が見えているようで心配です。ファッションモデルにも感じます。

日本企業の短期的利益追求重視と同じように見えます。

スピードを求めるためには、体重をある程度減らすことは必要でしょう。しかし、体力を感じさせる姿態ではないようです。

人件費(体重)を減らし、利益(スピード・タイム)を求め、体力(企業基礎力・帰属意識)を軽視する日本企業の株主重視体制との類似性があるようです。

非正規社員を増やし、正規社員を減らし、取あえず人件費を減らし利益増を求めるという日本企業の体質です。

組織への帰属意識、愛社精神、企業独自の技術開発などを軽視し、株主重視の当期だけの利益獲得の努力が本当に明日の企業の発展につながるのでしょうか。
明日の自社の姿を心から求めているのでしょうか。

提案、改善案などは愛社精神や帰属意識から生まれるものです。それが明日の企業をつくる原動力です。

外国勢のマラソン選手には体格、体形ともスポーツマンとして安心して見られる選手が多いのはなぜなのでしょう。全身的に体力を感じます。

架空の火星人の姿は、頭でっかちです。頭だけが発達した姿を想像したものです。
いつかマラソン選手の未来想像図は下半身を重視した体形のイラストになるかも知れません。

イラスト化された日本企業は五体満足の姿であってほしいものです。

経営陣個人は“今”だけに生きられるかも知れません。しかし企業は“歴史的長さ”を歩んでいきます。

経営陣個人が企業を冒涜することは許されないでしょう。

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17 August 2007

時の流れは、アマが創る

WindowDOSというOSがありました。IMBがマイクロソフトに依頼し、これが、後のウインドウズの基礎となりました。
このソフトの開発意図は、「素人が使える」が目標でした。
「素人が使えないものは売れない」、これがアメリカ流のマーケティングだと思います。

ファッションの話です。
かつて、石津健介さんが「バンジャケット VAN JACKET」を創りました。一世を風靡したファション。あれも素人が、というか当時の学生が求めたファッションでした。ファッションの流れは学生が創りました。

ファッションも、技術も、時代も、それを使うアマに受け容れられなくては、主流にはなれないのです。言い換えれば、主流は、プロではなく、アマが創っています。

「だれでも使え、だれでも楽しめる」、これを知らせるのがインストラクダーの役目でしょう。
古いタイプの大学教授のように自分の理論や技術を披露する「…学」ではなく、「…楽」で説明できたらいいと思っています。

パソコンで「やりたいこと」を見つけること、これが「パソコンの第一歩」でしょう。

そして、それが簡単にできる、ということをわかり易く「…学」ではなく、「…楽」で説明できたらいいと思っています。

「若者の原宿、中高年の巣鴨」ってのが新しい東京の人の流れだそうです。
「すがもパソコン茶屋」もあります。インテル株式会社がサポートしています。「コンピューターおばあちゃんの会」が参画しています。

スーパーおじいちゃんやウルトラおばあちゃんが、新しい文化を創り出しています。
文化は若者が創る、という考えが古くなるかも知れません。
ヤングマン、頑張れ!

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27 January 2007

愛情=?+?

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美しい国の名の下に教育基本法の改正など安倍政権は努力しているが、いま一つはっきりとつかめない、「その心は?」とたずねたい。

また、経済界は労働側より資本側優位の状況で、企業は高収益を上げている。生活者には非正規社員の増加は感じられるが、景気の良さの実感はない。

どちらも誰かが一方的な判断で公表した意見や数値で、説得力に乏しく“こころ”に欠けている。

教育の中に“育てる”という魂が必要である。“教え”、“育てる”ことが教育だろう。

企業はグローバル化による激しい競争のために、非雇用者に対する愛情がますますなくなっているように思う。コスト削減が非正規社員を増やしているのが現状だろう。

愛情は“愛”+“情”である。今の企業は被雇用者に、利用するための“愛”はあるが、社員を思う“情”がない。夫婦の関係が“MAKE LOVE”だけでは成り立たないのを考えれば理解できよう。

即使える技術をもっている者が歓迎され、今役立たない者は人件費の無駄遣いとして敬遠される。「次代に役立つかもしれない」と考えるゆとりがないのが現状だろう。

人材が、「ヒトのモノ化」になっているといえる。

目に見える数値、モノだけを求めるのは文化を衰退させるのではと気にかかる。
音や香り、立ち振る舞い、礼儀、思いやりなどは文化を培うのに欠かせない。

企業の社員に対する“情”が愛社精神を培う。

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25 January 2007

いざなぎ景気を超える?

Cimg0964戦後最長の景気上昇が続いているといわれているが、庶民には実感がない。非正社員の増加がみられ、収入が増えたという実感はなく、税金が増えるのではという不安が増えるばかりである。

戦後最長の景気上昇はどこに実在しているのだろう。

確かに企業の業績は伸びている、しかし、それは人件費削減という代価を払っての上である。企業努力をせずに、手っ取り早く業績数値をあげるには人件費の削減が一番簡単だろう。

正社員を契約社員に代え、契約社員は請負の契約に変更するなどを常套手段とし、企業が業績を稼いでいる。とすれば、次代の企業基盤は脆弱化して行くのではないだろうか。

子供を一人前に育てるには多くの費用と心配り必要である。この費用は、次の時代を育てるための投資以外のなにものでもない。投資を怠れば、若いときに可処分所得多くても、家庭の老後は夫婦二人でさびしい時を過ごすことになるだろ。

人件費を抑えている企業は、子供を育てず、持たずに、目先の金だけで喜んでいる打算的で心のゆとりのない家庭を思わせる。

次代の企業体には社員、老後の家庭には子供を育むことが欠かせない。正社員は自分の企業を思い、子供は育った家庭を大切にする。

健やかに育っている子供がいる家庭には豊かさと明日への成長がある。子供の面倒を見ない家庭は明日への礎に欠ける。

アメリカにも3MIBMなど終身雇用で礎を築いた企業は多い。自社社員の教育は、リターンの多い投資である。目先の数値だけを求め、株主に迎合しては明日のチャンスを逃がしてはいけない。

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30 June 2006

審判は対戦相手チームの関係者?

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第88回全国高校野球選手権大会出場を目指し地方大会が始まった。高校球児の熱戦が真夏の陽光のもと繰り広げられ、多くの思い出を残してくれる。すがすがしい試合が待ち遠しい。

もし、この大会の審判が相手校の卒業生や先生であったら、“すがすがしい”試合ができるだろうか。

福井日銀総裁の村上ファンド拠出金が判明して以来、利益を得たのか、日銀内規上の問題はどうか、さらには究極のインサイダー取引だなどと取りざたされている。一方では内閣がゼロ金利維持を切り札に、福井支援をしているなどと分析されたりもしている。

本来、投資は利殖のためだから問題ないといえばそうかもしれない。また、福井氏の行為は日銀の内規に触れないから不問に付すという理論もあるかもしれない。
しかし、いずれも、こじつけや理由付けを感じる。退任寸前の首相の一言が結論と響き、その結論に向けて正当化作業がされているように思えたならない。

一般の役人とは違った重責を担っている日銀の総裁である。公明正大、中立性、透明性が求められる職責である。

“内規や法律に触れない”では不十分である。投資は利殖のためなどと国民と同じ感覚で国を扱うのは税金の無駄使い以外のなにものでもない。辞任要求が高まるのもうなずける。

世の中には法律がまだ定められていな分野はいくらでもある。法律は必要条件で十分条件ではあり得ない。法律が無い、または不備な分野でも国民を説得でき、納得を得るのが“政治家のブランド力”ではなかろうか。

国民が“すがすがしい生活”をできるような総裁であってほしい。

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10 June 2006

金儲け、そのルール

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「お金儲けをして何が悪いのですか?」――逮捕前の村上世彰氏が記者の質問に答えて言った言葉である。記者の質問は金儲けを罪悪視したものではなかったが、村上氏は“法律に触れたことはしていないのだから悪くはない”と言いたかったのだろう。

仮に彼が言うように法律を犯していないとして、法律は社会の秩序を守るための最低のガイドラインであり、必要条件でしかなく、決して十分条件ではない部分もある。だから法律には“運用”や“解釈”が必要になっている。

法律を犯していないから問題ない、という考えは大いに問題がある。まず、誰が“問題ない”と判断したのだろうか。法律的に、社会的に、文化的に広い視野で誰が判断したかが常に問われる。

国に法律があるように、会社にも服務規程などがあり、社員はそれに従うように求められている。社員が服務規程にさえ違反しなければなにをしても“問題ない”と考えて行動をすれば、必ず何らかの“問題がおこる”、そして会社の運営が難しくなることは容易に想像できるだろう。

法律は万能ではない、服務規程も完璧ではあり得ない。運用や適応方法で国や個人の品格が問われる。法律は社会への配慮、服務規程は会社や同僚への配慮が背景にあることを忘れてはいけない。


もの言う株主は決して悪くはない。村上氏は、株主と経営者の緊張感ある関係を促したことは資本主義の原理から見れば大いに意義がある。
しかし、法律や規定だけを盾にする行動は、何かが欠落していることを結果的に証明することになる。

それは配慮の欠落である。配慮のルールは二つであろう。

その一:自分以外の他人全員がその行為をしても許せるか?
その二:自分の未来にその行為が起こっても許せるか?
“他人”と“未来”、この二つで快諾できるならばその行為は“配慮ある行為”といえるだろう。

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24 December 2005

価格と価値は離れられない

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年が明けると始まるのが冬物一掃セールである。まだ冬なのに“一掃”というのが理解できないが、値段が下がるのはありがたい。しかし、価格と値打ち・価値には深い関係がある。

冬物一掃セールでは機能的には何の問題もないが、大抵の場合、商品の色、サイズがセール以前にくらべると少ない。ライトブルーが欲しくてもダークブルーしかなかったり、サイズがLLだけだったりする。これが価格と価値の関係である。価値がセール以前と全く同じような“選択の自由という価値”はない。だから価格が廉いということでる。

選択の自由という価値に限らず、時流という価値もある。流行先端のファッションの価格は、この価値に含まれる。多少高くても“時代を身に着けたい”と思う人は、その代償が必要となる。

豪華さを味わう価値もある。同じ材料の料理でも豪華な雰囲気で味わう価値のためには、それなりの価格を支払うことになる。

金銭的な財産、たとえば株券なども価値が上がれば高価格になり、価値が下がれば低価格になる。投資のメカニズムである。

価格は必ず価値を意味している。どのようなモノでも、サービスでも必ずそれなりの価値で提供されている。

騙されないためには、価値と価格が連動していることを銘記すべきである。“なぜその価格なのか”、“なぜ廉いのか”など、モノを買うとき、ヒトを使うとき、カネを投資するときにはゆっくり考えよう。

“安物は結局高くつく”ことを忘れてはならない。特にマンションを買う人も、売る人も、廉くなるにはそれなりの理由があるものだ。他人を差し置いて、自分だけ得することは不可能である。これが世の摂理である。世の中結果的には自己責任となる。

金儲けの極意は、金を儲けよう、得をしようと考えている人間を相手にすることだというが、残念ながら真実である。「安物買いの銭失い」は世のルールだ。

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13 June 2005

唄で綴り、心へ語りかけた一生

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美空ひばりの17回忌の特別番組が各局で放送された。
彼女の歌は不思議な力と魅力に溢れている。どの歌にも、彼女が伝えようと努力しているかどうかは別として、何か伝わってくるものがある。心に自然に滲みこんでくるから不思議だ、大地を感じさせるように。

小手先の技巧は少しも感じない、プリミティブで自然でもある。だから心地よい、まるで小鳥のさえずりが耳に入ってくるように。
「夜鳴鶯は楽譜がなくても歌は唄える」という言葉があるが、それほど自然である。

鶯が鶯の声、カナリアはカナリアの声でさえずるように、彼女の歌は歌を超え、小鳥のさえずりのように心に響く。美空ひばりとはうまく命名したものだ。

何かが伝わってくるのは、もともとわれわれの心にあるものと共鳴するからだろうか、自然の音から音楽が生まれるように。声を出しているのではなく湧き出てくるのか、と感じる。

彼女の歌は、ジャズでもなく、演歌でもなく、ポップスでもない。美空ひばりというジャンルだろう、カナリアの歌が分類できないように。

今は亡き彼女に「さようならの向こうに夢が眠っている」を感じる。

これほど高められた彼女も、人には計り知れないほどの努力をしたのだろう。「あせらず、おごらず、あきらめず」と自分に言い聞かせながら。

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13 May 2005

上司の“果たす役割”を逆転

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会社の多くがピラミッド型組織である。この型は今から200年ほど前、アメリカの鉄道会社が事故の責任の所在を明らかにするために生み出した組織形態である。組織には上下関係が組み込まれる。チームの誰がどこを守備するか、果たす役割分担がどこかを示すもので、地位は能力と直接的な関係はない。そして今、コミュニケーションや情報発信が速ければ速いほど有利になる現代のビジネス環境においてはピラミッド型組織の弊害が深刻化しているといえる。

しかし、今でも売上額目標設定会議などでは、部長、課長、係長という上下の順で大きな額の目標が設定されるのが一般的である。例えば、部長100、課長90、係長80とし、部員は50のように設定される。数字と地位を見れば整合性があるように見えるが、部として売上額を継続的に増進するには不適切であろう。これは、単に個人割付であって、組織活性化には役立たない。それぞれが、各々の目標さえ達成すればそれで終わりという設定であり、組織の売上拡大につながる設定とはいえない。

伸びる設定とは、上司と部下の設定額を逆転して見ることである。上司の売上目標額は、部下よりも低くし、部下の目標額を高くする。上司の任務は、部下に目標額を達成させるために時間を割き、指導、面倒を見ることである。それは、部全体の売上総額の増加を図ることになる。

上司が自分の地位を守るためや、会社からの苦言を封じるための目標額達成では、チームとしての発展はない。上司として部下を指導し、達成感を実感させるのが上司の果たす役割である。上司だから付いている役職手当や、上司だから自由になる時間を部下に少しでも使って見てはどうだろう。組織が伸びれば上司も部下も成長する。

出来る上司ほど自分自身で仕事を遂行してしまいがちである。しかし、上司が自分の仕事の“臨場感”に溺れてはいけない、部下に仕事の“達成感”を感じさせなくてはいけない。

アメリカ鉄鋼王、アンドリュー・カーネギーの墓碑銘に刻まれた言葉は「ここに、自分より賢い人々を、周囲に集める術を知っていた1人の人間が横たわる(Here lies a man who knew how to put into his service more able men than he was himself.)」である。

“自分が一番”ではなく、自分を超える部下を育てることが自分を成長させる。“求心力”から、個人を成長、発展させる“遠心力”の時代である。フラット組織を目指そう。

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13 March 2005

手段と目的の混同

PICT0084土地で土地を買って栄華を極めたかに見えた企業が崩壊しているのを見ると、時代の流れもあろうが、目的と手段を混同したのではないかと感る。不動産を手段に、銀行から融資を受け、それを元にさらに不動産を買いあさってきた企業である。手段が目的にとって代わっている。
他方、阪急電鉄は不動産そのものを財産として大いに活用した企業といえる。いわゆる投資目的だけで不動産取得なしなかった。街を創り土地活用を目的とした。

活用するということは文化を築くことではないだろうか。土地を取得し、開発し、街を創り出す。学校や公園、遊園地が創られ、そこに住む人々が文化を育てる。音が音楽を生むような、知識が知恵に繋がるような、人間性を高める環境を創る。これが活用の真の姿だろう。

土地で土地を増やすようなやり方は、長く続く道理がない。土地は地球上に限られている。だから、土地買収ゲームには限界がある。また、土地は、多くを所有すれば“量が質に変化”するようなものでもない。

一方、知恵や文化は人類が存在する限り発展する力強さがある。それは考古学で発掘される過去の遺跡からもうかがえる。

生き方は企業に限らない。人の生き方もその盛衰に関係するだろう。金を増やすことに専念するあまりそれが人生の目的になってしまってはいけない。金をどう生かして自分の人生をどのように充実させるか、自分の人間性を高めるかを真剣に考えたい。
自分を精神的にどう高めるか、自分の子供をどのように育て、妻や子供にどんな生活をさせたいか、など。

中国の書「大学」に“修身斉家治国平天下(しゅうしんせいかちこくへいてんか)”、 “天下を平らかに治めるには、まず自分のおこないを正しくし、次に家庭をととのえ、次に国を治めて次に天下を平らかにするような順序に従うべきである”と。国を治めたり事業を起こしたりするものは、先ず自分を修めることから始めるべきだとの教えである。

小から大に至る道程がないままに構築されたものは砂上の楼閣でしかないことを、土地投資で築かれた企業の崩壊がしめしている。

すべての出発点はセルフコントロール、自分を修めることからができないようでは、家庭や国家や世界を整えることはできないことを肝に命じておきたい。
殺伐とした世の中になればなるほど「大学」の精神を今こそ実行したいと痛切に感じる。

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14 December 2004

時間と能力があまっている人を

PICT0013日本雇用創出機構という組織があり、"「失業なき転職」のためのプラットフォーム創造"をテーマに活動している。関西と関東ではすでに創立された組織である。「機構」というと世界保健機構のように公の団体のような感があるが、日本雇用創出機構は私企業であり、関西の場合は30数社の大手企業が参画して、株式会社関西雇用創出機構となっている。

お話しをしていただいたT.Y氏の話によると登録者は既に多数あるが、マッチングはなかなか思うようには進んでいないとのことであった。
話の中で私はY氏に「NPS(Non Paid Staff=無給職員)という制度を創って欲しいと」と言った。ボランティアとの違いは、組織に属しその組織の規約に従って指示された業務を指示された期日までに完遂するということである。自分の時間的都合などだけで仕事をするのではなく組織の一員として業務の遂行にあたる。
高齢者の中には「時間ばかりでなく、能力(?)もあまっている」人が結構おられる。それを活用しない手はない、とうのが私の考えであった。

Y氏によると関西雇用創出機構では和歌山県と"農業をやってみよう"プログラムを若者に展開しているという。土に触れながらの仕事は環境にも人体にも意味多い職業である。特に人体を「アース」する点からも人間の電気的バランスを保つためにも健康的ではなかろうか。

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