27 July 2008
23 July 2008
非正規社員の限界
厚生労働省が22日発表した『労働経済白書 平成20年版』は指摘しています、「企業が競争力強化のために進めた正社員の絞込みとパート・派遣社員など非正規社員の拡大が、生産性の上昇を停滞させている」と。
「当然のことながら、やっと白書にも表現されたか」と感じます。
我が家のことを真剣に考えるのは、我が家の子供だけです。隣の子供が我が家の将来を気にしたりしないのは当たり前です。
それに気付かず、企業は、少ないお小遣いで隣の子供に仕事をさせていたのです。家族としての教育費も福利費も出し惜しみ、ひたすら働かせ、とりあえず稼がせてきただけでした。そして、気付けば我が家に子供がいなくなっていました。
白書は「非正規社員の増加は、コスト削減には有効でも労働者の職業能力の向上を通じた生産性向上にはつながりにくい」と指摘しています。
また「生産性の伸びは就業者の削減により実現した」と分析、この手法には限界があり「持続性を持った生産性向上としては評価しがたい」ともいっています。
そして「高い生産力を担う労働者は、企業の中で豊富な職務経験を積み重ねながら育成される」とし、企業に長期的な視点に立った人財育成を求めています。
親が我が子を思うように、とまではいかないまでも、経済活動を行う運命共同体的な意識が企業を反映させ社員能力を向上させるものです。社員を経費と見るか、資本と見るかで企業の将来は大きく変わります。
帰属意識や愛社精神との関係で福利厚生もこれからますます多様化しているようです。
失恋休暇、バーゲン半休、メモリアル休暇、ペット扶養手当などユニークな制度を実施している企業もすでに現れています。
20 July 2008
結婚記念日に句集発刊

盆と正月に恒例で上映されたおなじみの「フーテンの寅さん」。寅さんが、柴又帝釈天の門前にある“おいちゃん”の草団子屋に戻ってくるところから物語はいつも始まりました。
気風のいい、チャキチャキの下町風情、人情味あふれる映画でした。
車竜造“おいちゃん”と車つね“おばちゃん”の夫婦も年輪を感じさせて味がありました。
パソコン受講生にSさんって方がおられます。町ではいろいろな世話役をしておられ、パソコンクラスでも“委員長”役をしていただいています。
クラスの始めに委員長はいつも身近な話題で挨拶をされますが、季節の花のこと、行事の起源などの話に博識だなといつも感心しています。
最近、ワードの図形描画の不具合修正方法の質問を受けましたので、時間をみてお伺いしました。修正方法を示すと大変喜んでいただき、「お恥ずかしいのですが…」と前置きしてプレゼントをいただきました。
ご夫婦で創られた句集です。ともに歩んで来られた人生の道のりから生まれた詞です。
表紙には、句集「木漏れ日」とあります。140頁ほどの本に約370句が収められています。
句集の序には:
「私たちは結婚40周年を迎えるにあたり、これを記念に私の俳句と妻の川柳を一冊にまとめ句集を作ることにしました。…」
「…私は毎日仕事、仕事、そして病気入院、家庭を顧みることもなく心配ばかりかけて、心中いかがなものであったか、妻には本当に苦労をかけてきました、どんな辛い時でも、いつも前向きに笑顔で40年間、家庭を守ってきてくれたお陰で、ささやか乍ら今日の幸せな家庭があります、本当にありがとう。…」
Sさんご夫妻には、寅さんの“おいちゃん”と“おばちゃん”のような夫婦の味の深さを感じます。
水草も添えて二匹の金魚買ふ
山の湯の混浴うれし冬の月
夫病み治してみせる妻の意地
きっとある明日があると歌います
40年目の結婚記念日はルビー婚式です。ルビーの輝きに勝る句集です。
50年の金婚式にSさんが何を企てているのか楽しみです。
16 July 2008
人生は長く、チャンスは多く
平成18年簡易生命表では、男性の平均寿命は79.0歳、女性は85.81歳となっています。なんと女性は世界一、フランスを2.01歳リード、男性はアイスランドについで世界第二位です。
後期高齢者医療制度を考えると喜んでばかりはいられないようですが、寿命が伸びることは人生の思い出チャンスがそれだけ増えることで喜ばしいことです。
「人生50年」に基づいて祭事がおこなわれていた時代の名残りでしょうか、神社などにある厄年や長寿祝いを見ると現代にそぐわないほど若くして人生のイベントは終わっています。
厄年表では、男性は61歳の還暦、女性は37歳と還暦がそれぞれ最後の厄年となっています。61歳以降は厄年なしのはずです。60歳代で終わっています。
長寿祝いの表では70歳が“古稀”となっていますが、この意味は“70歳まで生きることは古来まれであるとう”ことでの祝いことでした。
今ではまれなことというほどの長生きとはいえません。まだまだ現役の年齢層です。
厄年表も長寿の祝い表も時代に合わせて改め、神社の新しい人生のイベント・祭事を創設してはどうでしょう。
たとえば、75歳は男女とも厄年とし、後期高齢医療に備えてお祓いをするなんていうのはどうでしょうか。厚生労働省も喜ぶかも。
長寿のお祝いでは、99歳の白寿の越えた年齢で銀寿、金寿、錦寿などを新設すれば、もっと長寿者が増えるかもしれません。
健康な状態での長寿は周りの人にも励みを与えます。
12 July 2008
ママ、ありがとう
私は、ちーちゃんです。14歳の女の子です。
住まいは写真の近くです。個人情報ですのであまりお知られたくありません。
私は、今はやりのホームレスではありません。時間とともにマイホームが移る、って感じです。
どこでもくつろげるタイプのマイホーム主義です。毎日の生活は自由奔放、とても気楽です。でも、時間的には規則正しい生活をしています。
夕方、七時ごろは私が一番楽しみにしている時間、そう、晩御飯です。
昔は本当のママがつくってくれていましたが、だいぶ前にママは街を出てしまいました。
ママが居なくなってからは二人のボランティアママが面倒を見てくれています。とても優しい人たちです。
晩御飯はコンビニものばかりではありません、手づくり料理もあります。
晩御飯は後輩のクロちゃんと一緒に食べるときもあります。
彼女とはあまり仲良しではありませんが、仲が悪いというほどでもありません。
なんとなく共食しています。晩御飯の孤食は淋しいから好みではありません。
ボランティアママは二人ともアスリートです。
ランニング姿で毎日、晴れても降っても、七時ごろに食事を持ってきてくれます。
ボランティアママの食事持参は、今年で10年以上になります。
お互いに足音だけで相手の気配を感じることができるようになりました。
夕方の一時間ほど、ママは遊歩道をぐるぐる走りながら私たちの面倒を見てくれます。ママとの楽しいひとときです。
猫の寿命は10~16年と言われています。ペットとして暮らしている猫には、20年以上生きる長寿猫もいます。しかし、野良猫の平均寿命は4年といわれます。
私は野良猫の寿命は越えましたから、きっとペットとして暮らしているのでしょう。
人間と同じように、オスよりメスの方が長生きする傾向にあるようです。
また、明日もボランティアママとの晩御飯が楽しみです。
10年以上も面倒を見ていただきほんとうにありがたいことです。この場を借りて心より感謝いたします。
22 June 2008
保護法は何を保護?
同じマンションに住んでいても、「お名前を教えてください」といわれてすぐに名前を教える人はすくないでしょう。「個人のプライバシー」です。
個人のプライバシーは守られるべきです。
土足で心の中に入ってこられるのは誰でも嫌なものです。
これが、個人情報保護法の心です。
しかし、保護法が拡大解釈されれば結果は、他人から自分が社会的に見えなくなっているということでもあります。だんだん自分の存在が他人にとって小さくなるということにもなります。
個人情報保護法にあまりとらわれずに、どこの誰かを広く知らせる方が、他人とのかかわりは豊かになるとも考えられます。
病院に見舞いにいっても個人情報ですからと会えなかったり、クラス会の名簿が作れなかったりします。
個人情報保護法は、情報そのものを保護するためでしょうか?それともその情報をもっている個人を保護するためのものでしょうか?生命に関わる場合に氏名などは知らせてほしいと思うことがあります。
情報だけを保護して個人の安全が軽視されるようでは、本末転倒です。
自分は知られたくないけど、他人のことは知りたがるという個人のわがまま。
個人情報を保護すれば犯罪を未然に防げると短絡的に考える政策的エゴ。
これらのために、世の人々が、実は日々さみしさをつのらせているのではないでしょうか。
自分から挨拶したり、話しかけたり、人の気持ちを察してみたり――人とのつながりの第一歩です。
個人はもともと他人とのつながりの中で生活していいます。そのつながりが得られなければ、だんだんと孤独になり、個人が弧人になってしまいます。弧人は狂気じみた行動にはしることもあるのでしょう。
秋葉原通り魔事件の犯人が「だれかが止めてくれると思った」などと言っていますが、他人とのつながりを求め、それができなかった寂しさが感じられます。
09 June 2008
サマータイム(夏時間制度)
3月の最終日曜日に時計を一時間進め、10月の最終日曜日に元にもどすという夏時間制度で、日本でも戦後の1948年、連合国軍総司令部(GHQ)の指示で4年間ほど実施されたことがあります。
夏季の日照時間の長さを有効に使う制度で、Daylight Saving Timeと米国で表示されているように“省日照光”とか“日照光エコ”といえそうです。
7月の北海道洞爺湖サミットの議長国として気候変動問題に積極的な姿勢を示そうと機運が高まり、法案を超党派の国会議員で準備を進めています。
また、時間帯が同じ韓国の国会とも連携して同時導入の話も進んでいるようです。
法案が成立すれば2年後からの導入となります。
しかし、導入の初期費用も必要で、時間帯によって切り替える信号機の制御システム変更の例では350億円ほど掛るとの話もあります。
パソコン内の時間も当然変更されるでしょう。
一日24時間しかない物理的な時間を便宜的に変更するわけですから、4月の最初の日曜日は23時間が1日となり、10月の最後の日曜日は25時間が1日ということになります。
夏は涼しい朝のうちから仕事をし、明るいうちに帰宅し、打ち水などをしてビールでゆっくり夕涼み、というのができるならサマータイム歓迎です。
日本では札幌商工会議所によるサマータイムが今も実施されています。
27 May 2008
老いてますます
“Old ”と言えば“年老いた”という感覚で、生まれてから、生産されてから何年経っているかを表します。年の経過を示すだけです。 経年による価値は表していません。
“20 years old building”は“築後20年のビル”のことで、ビルが20年の古さということです。
一方、“Aged”には“熟成”の意味があるようです。
まさに“熟年”の意味合いです。経年とともに人間味や技に磨きがかかったことでしょう。
例えば、ウィスキーのラベルには“Aged 20 years”などと書かれていると“熟成20年”で、旨そう!、と感じてしまいます。
何かが歳・年とともに付加され価値の変化がみえる意味です。
昔は“敬老の日”を“Old People's Day”と表示されていましたが、近頃は“Aged People's Day”と書かれています。“熟成した年齢”の人の意味でしょう。
「ななじゅうまる」がそれです。写真は創刊2号です。
行動派熟年者に最適の雑誌だと思います。
ちょっと行ってみたら、これ使ってみたらなどの提言があります。
中高年の方でブログをしようかと思っている方は「50歳未満お断り STAGE」のサイトはどうでしょうか。
年代的感覚もぴったりで楽しいかもしれません。
紹介なしに入会できるのも手軽です。
お元気な“ななじゅうまる”(70)、ますますお元気で。
13 May 2008
ほたるまち
1993年、大阪大学医学部附属病院が吹田市に移転後、大阪市の諮問機関(大阪大学病院跡地利用懇談会)の提言で、水都・OSAKAαプロジェクト推進協議会により、再開発が行われた「ほたるまち」が2008年5月2日に街開きをしました。
まだ、街としての息吹は感じられませんが、マンションへの入居者が増えれば、職住近接の夜も光が絶えない蛍を感じさせるコミュニティになるのでしょう。
場所は大阪中之島の対岸、私流に言えば、“大阪のマンハッタン”の北側対岸に位置する大阪市福島区福島。
朝日放送本社、ABCホール、慶應義塾大学大阪リバーサイドキャンパス、大阪芸術大学ほたるまちキャンパス 、堂島リバーフォーラムなど情報教育施設にくわえてThe Tower Osaka、リバーレジデンス堂島などの住施設があります。お買い物は、大丸ピーコック(スーパーマーケット)をはじめこれから入居予定のレストランなどがあります。
その日の昼食は、5月3日に開業したカフェ&バー リバーサイドテラスでしました。「水辺の特等席へ、ようこそ」のキャッチフレーズ通りの雰囲気でゆっくりできました。
ビール好きの私は夜ならもっといいだろうと思わず想像しました。
カウンター席の前面は川の流れをイメージしたガラス細工、店の前は本物の堂島川のプロムナード、これからの季節の夕べのひとときに最適の静かなナイトスポットになるでしょう。
このお店の名称は“The ROYAL HOTEL café & bar RIVER-SIDE TERRACE”。リーガロイヤルホテル大阪がやっているようです。
水の都大阪です。道頓堀、北浜、大阪城、そして中之島とアクアライナーの乗船場を多くし拡充すればアクアネットとして大阪の観光名物になり、しかも、非常時の防災にも役立つでしょう。
12 April 2008
電話料金をやすく
食料品、医療費など物価上昇の時代です。少しでも節約したいものです。電話料も同じように少しでもやすくしたいものです。
インターネットを使ったSkype電話にすると電話料金がやすいので得だという話しは良く聞きます。
Skypeに登録、パソコンとヘッドセットを使って通話すると無料で話ができるという電話ですが、双方のパソコンがオンになっていないと通話できないので、料金はやすくなりますが、それほど便利とは感じないかもしれません。
ところが、やっとというか早くもというか、パナソニックコミュニケーションズ社からSkypeを内蔵したWi-Fiフォンが発売されました。
“KX-WP800”は、無線LAN機能を搭載したSkype専用の携帯端末です。これならパソコンなしでも無線LAN環境下でルーターをセットすれば通話できます。
家庭の無線LANではパソコンが親機(ルーター)とつながっていますが、パソコンの代わりにSkype端末器(ハンドセット、携帯型電話器)が親機とつながって通話できるようになっているようです。
これならホント便利でしょう。電話料節約になるかもしれません。親機と端末のセットで3万円弱だそうです。
世界150ヶ国で利用できる無線LANサービル“FON”も利用可とあります。
03 March 2008
人を偲ぶ季節
まもなく春の彼岸。“生者が死者の声”に耳を傾けるひと時であってほしいいと思います。彼らはきっとわれわれ生者にメッセージを送っています。
制作会社の草分けといわれた㈱テレビマンユニオンのスタッフと仕事をしたことがありました。骨のある制作の力を感じたことを記憶しています。
今年1月21日、村木良彦元社長が死去されました。このニュースに一つの時代が逝った感があります。
「死者に生者の声は届かなくても、生者には死者の声が聞こえるのだ。村木よ、これからも私たちに語りかけてくれ」と同志が弔辞を読んだと報道されていました。
生者は死者のメッセージで自分を高めることができるものです。知恵が得られるものです。
「千の風になって」に“私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません。眠ってなんかいません。”という歌詞がありました。
宗教界からお墓不要論かと当時、反発もあったようでしたが、お墓は、死者からのメッセージの受信所ではないでしょうか。
死者の魂が何処に存在していても、生者が墓石を磨き、水で清め、花を飾り、死者を偲ぶなら、お墓は立派な受信所(受心所)となります。
日常の騒音から離れ、春のひと時を静かに、死者が生者であった過去へと自分自身も解放する――この行為は、今まで生者が気付かなかったことを死者が伝えてくれるのではないでしょうか。
01 March 2008
メンズ館
伊勢丹メンズ館に続け、とナビオに最近オープンした阪急百貨店メンズ館。
どのフロアーも有名ブランド店です。ショップのデザイン、ディスプレイもウィンドウショッピングには楽しめます。
ショップというよりは私にはミュジアムの感じでバイング(購入)にはつながりませんでした。
メンズ館全体が何を語りかけているのかが分かりませんでした。有名店の集合体、昔風に言えば単に専門店のイメージ。「だからどないやねん」でした。
感の悪い私にはメッセージが感じられませんでした。(ごめんなさい、阪急さん。)
自分の興味のあるもの、好きなものが、いわゆる“ファッション”とか“流行”に一致していた時代が私にはありました。「俺が流行りだ!」感――これが若者の実態かも知れません。
今は何がファッションなのだろう?――これは若さを超えた人、昔の若者の感覚です。
ところがです。
この阪急百貨店メンズ館3FのVゾーンにある「ブックストア&カフェ ザ・ロビー」。
メンズ館に来て良かった思ったスペースでした。
「センスある服飾も大切ですが、心のセンスはどうですか?あなたは本当に粋人ですか?」に答えと、その磨き方を指南してくれそうなスペースです。
ちょっとこだわった小道具、書籍、オーナメントが揃えられています。
書籍も他の書籍店ではお目にかかれないようなクリエーター感覚のものが多く選ばれています。“クリエーター感覚”というのは“明日の自分をどのようにクリエイトするか”という意味です。
カフェスペースでお気に入り書籍を下見しながらコーヒやワインの一杯も飲めます。もちろん有料ですよ。
今のヤングも昔のヤングも一度このスペースへ。きっと楽しめると思います。
16 February 2008
そして主婦はいなくなった
アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」というミステリー小説があります。孤島から出られなくなった10人が1人ずつ殺されていくという、クローズド・サークルと呼ばれるジャンルの代表的作品、クリスティの傑作のひとつにあげられています。
日本の話ですが「そして主婦もいなくなった」、と感じさせる時代になったようです。
大正時代に創刊された女性誌「主婦の友」が今年5月発売の6月号で休刊することになりました。既に休刊した「主婦と生活」などとともに婦人総合誌と呼ばれた最後の1誌が姿を消してしまいます。
かつて70万部を発行した同誌、現在は7万部程度に落ち込んだそうです。
読者層として「主婦」がいなくなった事実を示しています。
子供の教育や健康を考え、蔭になり日向になり亭主を支えた家庭生活の主役である「主婦」が日本の家庭からついに消え去ったということでしょう。
家庭環境、女性の社会意的地位の変化などで「主婦」が消滅しておます。
パートで働いたり、非婚で会社勤務を続けたり、と多くの女性が家庭から“開放”され主婦業が“休眠状態” になり、主婦の知恵が不要になったのでしょう。
例え、主婦業が“営業中”でも子供の弁当はコンビニで買わせるという主婦が多いのではないでしょうか。手作りのお弁当を持って学校に行く中学生がどれくらいいるのでしょう。
母の思いを感じながらお弁当を食べる―――これは精神育成に欠かせない貴重な経験です。今はやりの「食育」以上に重要ではないでしょうか。
「暮らしの手帳」、「家庭画報」などは今も健在です。
“主婦”はいなくなっても“暮らし”と“家庭”は残っているようです。
「家族としての生活と暮らし」は大切に考えたいものです。集団としての基本単位である家族が崩壊するようでは、社会は成り立たないでしょう。
18 January 2008
虫も食わない野菜
「年の初めの贈り物」という魅力的なキャッチフレーズの効果かどうか、今年の年賀状は売上を伸ばしたようです。
その年賀状、良く見ると宛名面の右下あたりに「再生紙はがき」、または「インクジェット紙」と書かれています。見比べても差は分かりません。差がないなら全て再生紙で造ったらと思っていたところ、再生紙含有率の問題です。
古紙の配合率が大幅に下回っていた問題で日本郵政は再生はがきについて全納入メーカーの配合率が指定の40%ではなく多くても20%であったと発表しました。
「……古紙含有率を40%に保つと品質を維持できないと判断して06年春ごろ生産を中止したにもかかわらず、在庫分を出荷していた。各社の偽装は長年続いていたと見られており、……」(朝日新聞)。
古紙の含有率が上がれば古紙の含有率によっては再生紙と新生紙は素人にも見分けが付くくらいの差が出るでしょう。
今回の事件、偽装というよりも約束事の不履行です。40%と決めれば40%で実施すればよかったのです。それを実行しなかったことが、大げさにいえば“犯罪”です。実施できなかった状況を相手に伝えればよかったのです。
実行できなかったのは、われわれ消費者の嗜好もあると思います。たとえば「できれば白い方がいい」とか「滑らかな紙の方がいい」などでしょう。綺麗方を好むのは当然でしょうが、古紙を多く含有しながら美しく、廉価を望む消費者の“欲張り根性”も関連しているかも知れません。
食卓に上がる野菜も同じでしょう。
無農薬、環境汚染などと言葉ではいいますが、青虫が付いている野菜を買っていますか。嗜好的には虫がついていない野菜を買ってしまいます。しかし、虫が付いていないということは農薬や殺虫剤が使われている証拠です。虫が付くのは安全の印でもあります。
一方で環境汚染防止、他方では見栄えのよいものを求める。
二つを同時に求める――人間の性(サガ)でしょうか。
You cannot have your cake and have it.
ケーキは食べれば無くなります。ケーキを残したいなら食べないことです。
食べるか、残すか、二つに一つ!さぁー、どっちを選ぶかぁー!
17 January 2008
新刊書が安く買える
本が好きです。タイトルを見ただけで読みたいと思うことがよくあります。書籍はその道の専門家の知識を自分の脳に“給油”してもらうことができる手段です。
私の好みの待合場所は書店です。喫茶店なら15分が限度ですが、書店なら1時間でも平気で待てます。
思わず買ってしまうので書籍代も高くつきますから、多くの場合、新書版を買うことにしています。ハードカバーの書籍を大切に蔵書などする気は全くありません。文学全書は殆んど我が家にはありません。それにハードカバーが必ずしも内容が濃いとは限りません。
札束の厚いのはいいですが、書籍は厚ければ内容がいいとは限りません。厚い本の中には原稿料稼ぎとしか思えないように同じことを繰り返している部分があります。
時代とともに変化する情報を、鮮魚を捌くような小気味良さで盛り付けている新書版は最高の“給油”です。
私の好きな本の形態は:
①携帯できる新書版、②「はじめに」や「おわりに」に書籍の内容と執筆意図がはっきり述べられているもの、③巻末に索引があるもの。
辞書などは新版や改訂版が出ると価格に関係なく買ってしまいます。生きた言葉が載っている辞書は時代を反映しています。
特に語学辞書などは時とともに言葉の意味や使い方が変化しています。出来るだけ新しいものを使っています。
新刊書は内容がよほど印象に残らない限り、読後に即、ブックオフなどの古本屋に買い取ってもらいます。月刊誌だって暦月号なら該当月内なら売れます。そして、また、新刊を買うというのが私の書籍の循環です。
情報量の増加と時代の流れの速さから、書籍の日刊化を感じます。
このような読書スタイルは私だけではなさそうです。
新刊書店で古書も販売されるそうです。
「新刊書が売れなくなる」といわれていましたが古書との相乗効果があるそうで、今月下旬に書店チェーンの平和堂(長野県)、勝木書店(福井市)、金高堂書店(高知市)、田村書店(大阪豊中市)が共同出資し、古書の買い取りと販売の新会社を設立とのニュースがあります。
ブックオフやアマゾンなどの存在が、書籍のリサイクルの流れを促進し、既存の書店も動き出しました。
先月出たばかりの新刊が、安価に古書として買えるのは図書費節約にもつながり読書愛好家には嬉しいことです。
07 January 2008
「結婚する!」
会社でも自宅付近でも未婚者が以前より多いように思います。結婚には適齢期があり、それを過ぎれば晩婚などという人生の年齢的流れの中の一つの儀式だった時代は終わったようです。
近頃は相当な決意と決断がないと結婚は出来ないものなのかも知れません。結婚適齢期になれば、回りから見合いの話などがきたのは一昔前のことなのでしょうか。
例えば、東京都の単身世帯数増加の背景には、このような未婚者・離婚者の増加が考えられえます。東京都の世帯数は約512万世帯、さらに世帯の人員別にみると、1人世帯は最も多く約200万世帯です。
ワンルームマンション市場では単身世帯が最も層の厚い顧客層で、単身世帯と夫婦世帯が需要の中心と位置付けられていまます。
私の近隣にもワンルームマンションが増えています。
若い人達と飲む機会がありました。その中で結婚している人の意見は一様に「結婚を必ずしようと心に決めていた。誰と、とは決めていないが、何時までには決めていた」という意味の言葉を口にしていました。
「心に決めることなのか」と妙に感心しました。
結婚は“自然にできる”ものではなく、“心に決めてする”ものなのです。
商品販促の心と共通性を感じます。
“売れる”のではなく、“売る”努力が企業に必要なのと似ています。
しかし、人生は商品とは違います。結婚が全てとは限らないでしょう。ただ何事も“心に決めて進む”ことは大切でしょう。
06 October 2007
オンリーワン
企業セミナーに「オンリーワンを目指せ」いうタイトルを見かけますが、なせ、「ベストワンを目指せ」ではないのでしょうか。私には少し不思議に感じます。
オンリーワンは、言葉通りでは“唯一つ”のことです。特異性、排他性を求めればオンリーワンは比較的簡単に達成できます。
例えば、極端な例ですが、犯罪請負会社などという企業はきっとオンリーワンといえるでしょう。
いつの日も他人との関わり会いがある人間社会で、オンリーワンは関わり会いを否定することもあるようです。
歌謡曲の世界の話ですが、近頃の歌詞には「あなた」が減り、「わたし」が増えているそうです。愛は「あなた」と「わたし」の間にあるものです。「わたし」だけでは愛は育ちません。企業も自分一人では社会的に存在できないでしょう。
一方、ベストワンは他に多くの同業者がありながら、その中で他社より優れているわけですから、社会との連帯性や普遍性があります。
いたずらにオンリーワンを求めすぎると非社会性に流れてしまうでしょう。常に人は他人との係わり合いの中で生活しています。
CSR(企業の社会的責任)が求められる時代です。社会は「ベスト&オンリー」の企業に期待しています。
28 September 2007
福田首相の支持率
福田内閣支持率53%、不支持率27%(朝日新聞)。
高い支持率と報道されています。
この数字は本当に支持率と考えていいのでしょうか。組閣後何日が過ぎましたか。
新内閣がなにか国民にわかる具体的なことをしたのでしょうか。
具体的な政策を判断しての数字ではないはずです。どんな項目で調査したのかがよく解りません。
支持率ではなく、期待率なら理解できます。
福田首相は「支持率が高いですが、、、」という記者団の質問にたいして、「支持率のために政治をやっているわけではありませんから」と言っていました。
答えとしては優等生でしょう。
確かに支持率のためだけの政治は良いとは思いません。しかし支持率は政治の必要条件です、十分条件ではないだけです。
「支持率のために政治をやっていない」という、もっともらしいコメントはいいとしても、結果が伴わなければ、不支持率を増やすだけだと首相は理解すべきです。
必要条件が支持率です。十分条件が満足率です。
「うなぎ」のあだ名で呼ばれた親父(福田赳夫氏)に負けない政治を期待しています。
だだし、親父の時代とは政治的に国民意識は大きく変化しています。国民が当時よりは政治に目覚めています。それを見極めた政治が必要でしょう。
支持率、不支持率ではなく、満足率、不満足率といった調査はないのでしょうか。
国民が支持、不支持を判断する前に、福田内閣は厳然と存在してしまっているわけです。
与えられたものに支持も不支持も選択の余地はありません。
満足か不満足か、いいか悪いか、われわれ国民の解かり易いことばの調査があればいいと思います。
22 September 2007
人生は時間
与えられた時間をどう使うか、時間という資源の使い方が人生に大きな影響を与えます。
また、性質、体質は、与えられた時間を使うための道具です。空間的資源といえるでしょう。
時間と空間という二つの資源は、どんな人にも平等に、それなりに与えられているはずです。
それを平等と感じるが不公平と思うかで人の一生は大きく変るようです。
9月15日午後一時、兵庫県芦屋市総合公園でがん患者を励ますイベントがありました。そのニュースがKTVのアンカーで紹介されていました。
時間と空間資源の重さ、尊さを感じました。
今日限りと思い自分の時間を精一杯生きる人、そうではなく、自分の明日を自らの誤解で親や友人を殺め、犯罪者になってしまう人生、まさに「人生いろいろ」です。
自分の人生という資源を無駄にしないために考えるべきです、気付かなかった資源が自分の中に在ることを発見するまで。
地球の資源は大切ですが、自分に与えられた資源はもっと貴重です。
08 August 2007
お盆、終戦の日
第89回全国高校野球選手権大会が、今日、開幕。
数々生まれる熱闘のドラマに期待、そして、今年もあのシーンが…。
炎天下の真昼、無心に戦う高校球児。
観客であふれる甲子園球場、突如静まりかえる。
球児、観客が起立、「黙祷」の声が響き渡り、そして、静寂が球場を覆う。
毎年訪れるこの日。戦争は何だったのだろうか。
終戦か敗戦か、そんな議論があったことが空しい。
やがて黙祷が夏空に吸い込まれるように昇華する。
再び試合開始。球児達がポジションにつき、観客は現実に目覚める。
戦場に青春を散らした兵士、球場に青春を燃やす高校生。
戦時下ならば、と思うと平和の有難さがこの眼に覚える。
何故、戦争がお盆に終わったのだろうか。
平和のもと、先祖を偲べるお盆に感謝。
回り灯篭に、続く平和を祈る夏の日。
06 August 2007
不思議な関係、素数と種族保存
今日一日の暑さを思わせるような蝉の声で目覚める朝が続いています。
蝉には「十三年蝉」とか「十七年蝉」とか呼ばれる蝉がいますが、これらの蝉は、地中にそれぞれ十三年、十七年も過ごし、成虫になる時をうかがっているのです。
「素数とはそれ自身か1でしか割り切れない数」だということは学生時代に学んだことがありますが、この数が自然界とどのように係わり合っているのは想像さえできませんでした。
なるほど、と思うような不思議な関係があることを知りました。
「はじめまして数学1 自然数を追え、無限を掴まえろ!」(幻冬舍文庫)に次のように書かれています。
『13も17も素数ですが、この数が選ばれたのは、彼らの天敵との成長のテンポをずらすためなのです。二年や九年とう年数を選んでいれば、天敵とピッタリ鉢合わせする年が、簡単にやってきます。その点、素数により年数を地下で過ごせば、天敵もその数に合わせない限り、上手くはいかないのです。
たとえば、天敵が三年周期で繁殖するとすれば、ピッタリ一致するのは、三十九年後(=3x13)、ありいは、五十一年後(=3x17)となりますが、もし、十二年蝉がいたとすれば、生まれる度に天敵も大繁盛期を迎えていることになってしまいます。これぞ自然の知恵、生き残りの技術なのです』
天敵と遭遇する機会を極力さけるために素数年の13年毎や17年毎に地上に出てくるのが、この蝉の種族保存の政策なのでしょう。四年蝉ならば1年毎、2年毎、4年毎の3回、天敵に遭遇することになります。
しかし、です。
現実的には「十三年蝉」とか「十七年蝉」でも、毎年地上に出てきます。
今年生まれた「十三年蝉」「十七年蝉」は、確かに13年前とか17年前に生命を受けた蝉ですが、12年前、16年前に生を得た「十三年蝉」「十七年蝉」は、来年も地上に出てくることになります。
天敵に会うのは“世の趣”なのかも知れません。















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