04 February 2008

「明日は休みですよ」

Cimg2701週に2、3回はスポーツクラブに行っています。
今日も行きました。朝一に行き、その日のことを考えながら体を動かし、その後あれこれ自分の仕事をするのが私の1日のスタイルです。

私が勝手に“タイムヒル”とニックネームをつけた女性スタッフが今日はいました。
彼女はベテランです。年齢的というのではなく、エクササイザーをよく見ているという意味でプロでしょう。
誰が困っているか、部下がなにをしているかをよく把握しています。
18年も通っているとスタッフの得意不得意も見えてきます。

今日は4日です。明日は当然5日です。そしてエントランスで「2月5日(火)、2月15日(金)は休ませていただきます」と明確に書いてあります。
私はそれを見ながら入場したわけですが、実感がありませんでした。

彼女が10時頃大きな声で「明日はお休みさせていただきます」と皆に言って回りました。

「5日は休み」ということは私も十分知っていましたが、彼女の「明日は、、、」の言葉に初めて“5日”が“明日”につながりました。

マーケティングで“消費者の立場に立って”とよく言われることですが、彼女の言葉が企業の“5日”をエクササイザーである消費者の生活の“明日”につなげてくれました。
“5日”が彼女の言葉で、自分の“明日”につながりました。

企業からのメッセージは色々あります、「お知らせ」に始まり「コマーシャル」まで。

企業メッセージを消費者の生活の中の言葉に置き換えた彼女の行動は、“確実に伝える”という点で「あっぱれ!」でしょう。企業のメッセージが消費者の生活に組み込まれました。

私も明日、間違ってスポーツクラブに出かけることはないでしょう。

日付よりも、明日とか何曜日などが生活の実感として伝わり易いことを彼女が証明してくれました。

デジタル情報がアナログ情報 に変化すると実感度は随分変わります。

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04 January 2008

紅白歌合戦

Cimg2659今日は、仕事始め。2008年が現実的に動き出した感があります。

紅白歌合戦、年越しそば、お屠蘇、初詣と例によってビールにビールを重ねながらの数日間が流れました。

第58回紅白歌合戦は視聴率ワースト2と40%を割り込んだと報道されました。
しかし、個人的には「良かったんでねぇの」と好感をもっています。
番組が変化していることを感じたからです。

紅白歌合戦にはいつもながらリハーサル量の多さを感じます。それはすべての出演者の公演力、説得力に表れています。心が込められると、人はいつもより歌が熱く響き、歌詞がメッセージとして視聴者に伝わってきます。
また、コマーシャルで番組が中断されることがないので、継続して番組は盛り上がります。

この番組に人気のかげりを感じるとすれば、「紅白歌合戦」というタイトルかもしれません。
第一回紅白歌合戦は、昭和26年(1951年) 1月3日、午後8時、東京放送会館の第一スタジオから放送されました。もともとは年初めの歌合戦であったようです。それ以来57年間、「合戦」は繰り広げられてきたことになります。

今回の紅白は内容が少し変化してきているように感じました。きっとNHKが変化しているのだと思います。過去の紅白を少しずつ変えていこうとしているのではないでしょうか。

紅白「合戦」ではなく、また、音楽「大賞」でもなく、NHK「祭典」を目指しているようです。年末の祭典として時代の歌を通じ、来る年へのNHKのメッセージを伝える番組に変化するでしょう。

今回もNHKの主張、地球を大切にしよう、という大きなメッセージがあったのでしょう。

合戦から祭典に変化する番組が今年も楽しみです。

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17 December 2007

グーグルがヤラレタ?

0_3「世界中の情報をすべて整理し尽す」という壮大な目標を目指すグーグル。しかも、検索をする人には無料、される方から広告料を受けるといいう新しい考えで躍進しています。
コンピュータのソフト、ハードを販売している企業、特にソフトだけを扱うマイクロソフトよりもウェッブ時代では企業の未来は大きいと感じます。

しかも“智”の提供としても「グーグルアース」はデスクトップで世界旅行を楽しませてくれる面もあります。グーグルの理念が経済理念だけではないように感じます。
ネットが個人の知力を世界的に、しかも無限に拡げているようです。

そのグーグルは、世界の情報の中に自分のプライベート情報が含まれるのを忘れていたのでは、と思うような記事にお目にかかりました。Business Week誌です。

億万長者の結婚、そのリスクとお値段:
Zoe Galland (BusinessWeek誌エディター)米国時間2007年12月6日更新 「Billionaire Marriages: Why Get Hitched?」
米グーグル(Google)の共同創業者で製品部門担当社長のラリー・ペイジ氏の結婚式は、週末に秘かに執り行われるはずだった。ところが、その努力を台無しにしているのが、ほかならぬグーグルの検索エンジンだ。「ラリー ペイジ 結婚」と打ち込めば、挙式の詳細な情報が次々と表示される。 ラリー・ペイジ氏が12月8日に結婚  ペイジ氏が12月8日に、ルーシー・サウスワースさんと“とある場所”で結婚するのは確かなようだ。(BusinessWeeks誌)

写真には普通、撮影者は写っていません。今回の記事を読むと、撮影者も写る魚眼レンズを思わせます。

他人から見られるということは、自分も見られている、ということを教えられているようです。

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04 June 2007

“ ”  ? “ ” ! 

Ajisaiこれ、コミュニケーションの記号。

コミュニケーションは、他人から、または、他人への働きかけ、刺激から始まるのはないでしょうか。

コミュニケーションの始まりは刺激。
“ ”と話し掛ける、話し掛けられる、がその始まりです。

次は、?です。これは刺激に対する最初のリアクション。
例えば、「どういうことですか?」とか「もっと詳しく教えてくれませんか?」などの反応。「貴方は誰ですか」かも知れません。

三番目の“ ”は、?に対して返ってきた答え。
「お話ししたいのはこういうことです」とか「詳しくはこうです」などでしょう。
「いつか会ったことがあります」かも知れません。

最後の!は、理解と納得。
「ああ、そうですか。良く解りました」、お互いが解り合えたことになります。
「あの時にお会いした方ですね」かも知れません。

コミュニケーションは、刺激→反応→確認→理解を繰り返しながら深まるのでしょう。

彼と、彼女と、お隣さんと、そしてお隣の国の人と。

“ ” → ? → “ ” → !の繰り返しが多いほど相互理解は深まります。
最後の!が!!になればさらに良い方向です。

この記号は、自分の世界を拡げ、相互理解を密にする方程式。

コミュニケーションの手段はパソコン、携帯電話などの発達で、随分やり易なっています。
それだけコミュニケーションが深く、密になればと思います。

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22 November 2006

小学校英語教育

Cimg0670朝日新聞「わたしの教育再生」欄でのピーター・フランクルさんのコメント:
 「小学生からの英語教育については、そんなに先を急ぐことはないと考えている。日本人が英語ができない最大の理由は、日本語ができないこと。つまり自己表現の低さ。自分の考えを相手にわかりやすく、簡単な言葉で説明する能力があれば、どの外国語もある程度短期間でかなりのレベルまでできるようになる。自分の知っている少ない英語の語彙を何とか並べて自分の気持ちを表すのは、本当はとても楽しい作業なんだから。
 自己表現の能力を育てるには、○、×式の試験ではなく論述式の試験が必要だ。・・・」

Peter Franklさんは日本語、英語、フランス語、中国語など11カ国後を操るハンガリー出身の国際数学オリンピック金メダル獲得者。

早期英語教育が議論されているが、教育をいつから始めるかではなく「自分をどう表現するか」が問題だと、コミュニケーションの本質を彼は指摘している。

コミュニケーションは言葉だけの問題ではないからだ。自己表現の意欲、状況判断の仕方の方が重要な要素である。

メール、チャット、掲示板などもコミュニケーションの一部だろうが、人と人の相互理解がコミュニケーションの基本であるから、言葉以外にその状況で何をどう表現したいかが重要である。状況の把握力、察知力が第一である。

だから、文字だけのメール、チャットでは十分なコミュニケーション能力は養われないと思う。
場の雰囲気、状況、相手の表情、声の調子などを感じながら相互理解を図るのがコミュニケーションである。

英語ができれば国際コミュニケーションが可能だと考えるのは短絡的な考えであろう。

相手の意図を理解し、自分の意欲を示すことが、コミュニケーションには言葉以上に必要な能力である。

言いたいことが無ければ、どんな言葉でも表現はできない。

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11 October 2006

早期英語教育

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小学校から英語教育をという意見がある一方、国語教育に重点を置くべきだという文科省の考えもある。
しかし、早期英語教育の論議が、日本語重視か英語教育かの二極化されているようであるが、これは問題の本質からはずれている。

英語も日本語もコミュニケーションの手段である、日本語か英語かの二者択一ではなく“言葉の意味を大切に”が、その根底にあるべきだろう。日本語、英語を分けずに言葉としてのそれぞれの意味をつかむ能力を早期から育てるのが本来の目的だろう。

日本語以外の表現方法の一つとして英語も試してみようという学習方法がいいのではないだろうか。

例えば、日本語で感謝の気持ちを表す言葉として、「どうも」、「ありがとう」、「ありがとうございました」などがある。これらは、感謝する相手、感謝する内容、感謝する場などで使い方が変わる。その違いを感じたり教えたりすることが言葉を大切にすることである。

英語でも同じように言い方が変るだろ。「Thanks.」、「Thank you.」、「I appreciate it.」などが考えられる。使い分けはを学ぶことは礼儀作法にもつながる。

語彙を増やすことはコミュニケーションをスムーズにする。語彙として、日本語も英語も余り区別せず、同時に学習していけば良いと思う。

英語教育といえば、すぐに文法よりも会話だとか、書くのも大事だとか、いわゆる“課題”が大げさに取りざたされる傾向があるが、先ず、もう一つの言葉としての英語に“慣れ親しむ”ことから始めたらどうだろうか。

コミュニケーションの道具として言葉――日本語か他国語かを問わず――を小学校から学習することは適切だろうと思う。

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26 September 2006

状況を察知せよ

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Give me your hand. Maybe you can pull me out of this.
I’m stuck. I feel on this.
Come on. Help me. Wait! Wait! Don’t go away.

外国人が、公園で遊具に挟まり、日本人の女性通行人に助けを求めて上のように叫んでいる英会話学校NOVAのTVコマーシャル。
通行人の女性は外国人が何を言っているのか解からず「ごめんなさい」と言って何もせずに現場を立ち去る、というコマーシャルである。

異文化コミュニケーションをテーマにしている会話学校として“コミュニケーションとは何か”を問いかけるTVコマーシャルのようで興味深い。

このコマーシャルは“真のコミュニケーションは言葉を越えたところにありますよ”、とか“完璧な外語を求め過ぎではありませんか”、“どんどん話しましょう” などと会話学習の心構えを示してくれているのかもしれない。

また、状況判断ができず、すべてマニュアルに基づく行動しかできない近頃のスタッフ像をシニカルに表現しているようにも見える。

例えば、日本人が英語圏に旅行中、危険な状況に陥り、助けを求めるため“英語でなんと言えばいいだろうか”などと考えるだろうか。まず、考える余裕などないだろう。思わず大声で「助けてー!」と日本語が自然にでるだろう。そしてその声の調子から回りの人は状況を把握し、言葉とは別に必ず手を差し伸べてくれるだろう。

不確かな英語で助けを求めるより、大声の日本語の方が気持ちや状況が的確に伝わり、効果は抜群なはずである。

遊具に挟まった外国人が大声で何かを叫んでいる状況で“言葉の意味”などあまり考える必要などない。とにかく助け出そうという“行動”が必要であろう。

愛をささやく時、神に祈る時、金を数える時―――この三つには自国語がでるといわれるが、いずれも状況そのもの語りかけている。

言葉を越えて状況、気配、雰囲気などを察知することは、コミュニケーションに必要なばかりでなく、自分の安全にもかかわる重要な能力といえる。

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27 April 2006

算数が好きになってしまう本

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アメリカ版英語学習参考書と同時にネットで購入した算数の参考書も紹介しよう。
こちらもペーバーバックの絵本サイズで英語参考書と同じ、頁数が152と少し多い。

数字の起源から始まっている。エジプト数字が縦棒の形象文字、バビロニアはV型の形象文字、など各地の数字の原型が絵図で示されている。日本字に似た中国数字もある。ローマ数字の表記法は詳しく説明され、XVIIが17となるのがよく理解できる。

“1”またはそれ自身で割り切れる数を“PRIME NUMBER”という説明から“素数”のことだろうと考えたりする。

10億以上の数字の読み方では、検索エンジンでおなじみのGoogleの由来と言われる“Googol”が“10の100乗”と説明され、数学者エドワード・カスナーの甥が作り出したと付記されている。

さて、“一の位”、“十の位”、“百の位”はどういうのだろう。それぞれ“ones”,“tens”,“hundreds”とういう。

1から10の足し算の表があるが、これは暗記するためにあるのかどうかは分からないが、興味を引いたのは掛け算の表である。9x9ではない12x12までが表になっている。
12x12=144は、12ダースであり1グロス(gross)という単位で日常生活で使われるからこのような表があるのかも知れない。

単位の項目では、エジプトで“100歩の距離”をstade(エジプト語)、stadion(ギリシャ語)と呼び、それがstadiumの語源となったとある。また、yardは英国王の腕の長さがその起源であるなど故事の説明があり興味深い。

時間を計る意味での暦では、チャイニーズカレンダーとして十二支が表示され2006年は“dog”の年、来年は“boar”とある。

時計の項目では、日時計、水時計、ローソク時計、機械時計、クォーツ時計などの説明があり時間を数字として関係づけているようである。

その他、貨幣、温度などを含め、数が日常生活でどのような役割をしているかが判る算数辞典として編集されている。

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25 April 2006

英語が好きになってしまう本

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英語リスニング教材通販会社の広告コピー「“一の位”を英語で言えますか?」に目を引かれた。アメリカ小学生向け参考書とあり英語、数学、世界史、米国紙、地理、理科の6冊をセットで通販している。アメリカの小学生に、母国語の英語をどのようにして教えるのかが知りたくなってしまった。

早速申し込もうとしたが6冊セットで1冊だけは買えない、買えたとしても1冊あたりの価格は1,500円を超える(送料込み)計算。そこで書名から調べてみるとネット書店では、なんと1冊1,000円程で買える。英語と数学の2冊で2,008円、購入額が1,500円を超えるので送料は無料となる。迷わず「ショッピングカート」に入れた。

2日後に本はやってきた。参考書というよりは「英語」のムック(Magazin+Book=Mook)の体裁。大判のペーパーバック、頁数は135。”小学4年生から6年生用”、”児童と父兄のための参考書”とある。見るだけでも結構楽しい参考書である。

英語はどこで話されているかを世界地図で示すところから始まり、世界の言語体系が説明されている。英語はゲルマン語系の内、西ゲルマン語系から出たアングロサクソン系の言葉であるとことが系統図から理解できる。続いてアルファベットの歴史が象形文字であるフェニキア文字から図解されている。それぞれの原字が絵で示されている。

点字、手旗信号、チェロキー族の文字サインなども図示は、日本での辞書では調べられない項目だろう。

接頭辞、接尾辞などが表で説明されているので単語を暗記する上で多いに参考になる。近頃はやりの“語幹で覚える英単語”より整理されている。

同音異議のリストも面白い。heel, heel, he’llなどが3頁にわたり実例文と一緒に列記されている。英語母国人も同音には困ることがあるのだと想像できる。

その他、日本における英文法と同じように前置詞、形容詞、副詞、接続詞なども日本のものよりは理解しやすい。形容詞とは“どんな種類の”“どれだけの”“どちらの”を意味する単語、と説明されている。

さらに、文章の書き方の基本も起承転結の重要性を強調しながら、詩や脚本まで例示されている。

さらに、インターネットで物事を調べる方法が紹介され、新聞記事の読み方にも説明がおよんでいる。

英語に少しでも興味のある人には、さらに興味を持たせる構成である。英絵辞典にない説明と英語辞書にない図解があり、ペラペラと頁をめくっていって楽しめる気軽さがある。

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24 February 2005

プロですか、アマですか?

PICT0062「彼はプロだ」とか「プロを目指して」などという言葉はよく耳にする。本当の“プロ Professional”とはどんなものろうか。“PRO”には“前で”とか“公に”の意味があり、“FESS”は“語る”とか“話す”ことである。言い換えれば公の場で語ることができる人のことであろう。弁護士、医者や教授が本来該当するように思われる。

問題は、「どうせ素人には解らないことだ」とか「素人には無理なレベルだ」という言葉を発するような、アマチュアレベルを理解できないプロフェショナルが居ることだ。素人の考え方や感覚を理解し、素人と対話ができる玄人になってほしい。それが技術や文化のレベルを高めていくのではなかろうか。アマチュアにはプロにはない自由な発想があり、その発想を基にプロがいろいろと開発を試みる。このようにして進歩は得られるものだ。

アマ風のプロ”と“プロ風のアマ”の二つを考えてみるとよく判るのではないだろうか。

アマ風のプロ”は、雰囲気も普通の人、話す時は専門用語をあまり使わず誰でも理解できる言葉で用件を相手と話し合える。話の内容は双方とも理解できるので次の段階に進んで行ける。自らの知識や技術を普通の人のレベルにまで下げることができる人。“プロ風のプロ”より情報収集源が多くなる。

プロ風のアマ”、風貌はいかにもプロといったイメージ。専門用語を多用し、必要以上に自分の技術や知識のレベルの高さに触れながら相手と話す。話し合いの結果は多くの場合、双方とも理解できていないことが多い。“アマ風のアマ”よりも情報収集源は少ない。

“理解”は相手の立場で話すことで得られる。英語で“understand”というように“下に(under)立つ(stand)”ことがポイントであろう。 医療過誤を防ぐ上で欠かせないインフォームドコンセントも、“下に立つ”ことで 相互理解は得られるのではなかろうか。これは母親が幼児に言って聞かすとき、子供の目線に下がって中腰になり、目を見ながら話している姿からも覗える。

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